Auf einen Blick
1995年の地下鉄サリン事件捜査を指揮した元警視総監の井上幸彦氏が8日、88歳で死去した。事件対応の遅れから引責辞任した経緯も持つ。
KI-generierte Zusammenfassung
Warum es wichtig ist
1995年3月に発生した地下鉄サリン事件当時、警視庁のトップである警視総監を務め、オウム真理教による一連の事件の捜査を指揮した井上幸彦氏が死去した。事件対応を巡る問題で引責辞任した経緯もある。
1995年3月に地下鉄サリン事件が発生した当時、警視庁トップの警視総監で、オウム真理教による一連の事件の捜査を指揮した井上幸彦氏が1日に死去した。88歳だった。東京都内の医療機関で療養中だったという。通夜・告別式は近親者のみで執り行われた。警視庁が8日発表した。
井上氏は京大を卒業後、1962年に警察庁に入庁。主に警備畑を歩み、千葉県警本部長や警察庁警務局長などを経て、94年9月に第80代警視総監に就任した。
95年3月20日、都心の地下鉄の車内で猛毒のサリンがまかれ、14人が死亡、6千人以上が重軽症を負う地下鉄サリン事件が発生。警視庁は2日後に教団の関係施設を一斉捜索し、5月には教団代表だった松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚を逮捕するなどし、その後も教団による事件の捜査を続けた。
95年3月30日には、国松孝次・警察庁長官(当時)が都内で何者かに銃撃され重傷を負う事件が発生した。警視庁はオウム真理教による事件との見方のもとで捜査。96年5月、信徒だった現職の警視庁巡査長が「自分が撃った」と供述したが、警視庁は警察庁に報告しなかった。
その対応を問題視した警察庁は警視庁公安部長を更迭し、井上氏は同年12月に引責辞任した。警視庁は2004年になり、元巡査長や元教団幹部らを長官銃撃の殺人未遂容疑などで逮捕したが、不起訴処分となった。
Offene Fragen
- 元巡査長らの長官銃撃事件への関与の詳細は?
- 当時の捜査体制の問題点は?






