広島原爆の日から81年、世界で平和を願う動きと非核三原則めぐる議論
米国による原爆投下から81年を迎えた広島で、犠牲者を悼む式典や平和を願う国際的な対話イベントが開催された。高市首相による非核三原則をめぐる発言や各党の姿勢にも注目が集まった。
Hızlı Bakış
広島は6日、原爆投下から81年を迎え、平和記念式典や各地で追悼行事が開催された。高市首相の参列や非核三原則をめぐる発言、世界的な紛争や核の脅威に対する懸念が示される中、若者や市民団体による平和を求める動きが相次いだ。
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Neden Önemli?
広島は1945年8月6日の米国による原爆投下から81年を迎え、国内外から多くの人が集まり平和を誓う式典や行事が毎年行われている。
広島は6日、米国による原爆投下から81年となりました。世界各地の紛争で大勢の人が亡くなり、核兵器使用のタブーも脅かされるなか、原爆の犠牲者を悼み、平和を願う人たちの動きを追います。
15:50
中満泉・国連事務次長と若者らが意見交換
「国際平和のためのユース対話イベント」が広島市中区で開かれた。広島県や国連訓練調査研究所(ユニタール)などの主催で、中満泉・国連事務次長や横田美香知事らが登壇した。ユニタールのプログラムで、紛争のない世界の実現に向けての行動力を養う研修を受けた若者と意見を交わした。
14:20
「世界中の若者が教訓を未来へ伝えることが重要」
広島大が世界の主要大学に呼びかけた「第6回平和学長会議」が、広島大東千田キャンパスで開かれた。米欧やアジア、中東など11カ国・地域から17大学の学長らが参加し、平和学長宣言を採択。持続可能な世界平和に向けた大学の役割を議論した。
イラクアメリカン大学バグダッド校、イタリアのペルージャ大、フィリピンのビザヤ州立大、台湾の国立中央大などの学長をはじめ、米コロンビア大や韓国の延世大、東大や名古屋大も参加。広島大と教員養成で協力するエジプトのモハメド・アブデルラティーフ教育・技術教育大臣も来賓として訪れた。
広島大の越智光夫学長は「世界中の若者が広島の現実と教訓に触れ、未来へ伝えていくことがますます重要になっている」とあいさつ。平和学長宣言には、平和と持続可能性を推進する大学間ネットワークを育成・拡大し、学生と若手研究者の交流機会を拡充することなどが盛り込まれた。
13:30
「核被害に立ち向かう戦いの連帯」
世界の核被害者と広島をつないできた市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」(HANWA)が、広島市中区で「8・6ヒロシマ国際対話集会」を開いた。フランスによるアルジェリアでの核実験を取り上げた短編ドキュメンタリーの上映があった。「核被害に立ち向かう戦いの連帯」と題して、仏領ポリネシアの核実験被害者や、東京電力福島第一原発事故の被害者、広島の被爆者が意見を交わす。
12:30
原爆の絵「確かな日常を描きたかった」
広島市立基町高校の生徒が被爆者の証言をもとに描いた絵が展示されている「原爆の絵画展」(広島市中区)で、制作した生徒が作品を解説するギャラリートークがあった。
松原和花さん(2年)が描いたのは、原爆投下から30分ほど前の平穏な日常。幼い頃に被爆した滝口秀隆さんの証言をもとに、朝食後に玄関の外でめんこをしている様子を描いた。松原さんは「苦しみの中にあった楽しみ、悲惨さの裏にある確かな日常を描きたかった」と話した。
11:45
高市首相、原爆養護ホームへ
高市早苗首相は広島市東区の原爆養護ホーム「神田山やすらぎ園」を訪問した。首相は「若い世代に、つらかった体験を伝えていくということで、本当に貢献いただいているみなさまに心から感謝を申し上げる」とあいさつ。入園者に見舞金と花束を手渡した。
11:10
共産・田村委員長「核兵器廃絶への逆流に強く抗議」
共産党の田村智子委員長は平和記念式典に参列した後、記者団の取材に対し、「いかにして核の脅威から人類を守っていくのか、そのために核兵器の廃絶へどう世界が動いていくのかが問われる」と強調。そのうえで、高市政権内で非核三原則の見直しを求める声が出ていることを念頭に「唯一の被爆国の日本で逆流が起きていることに対して強く抗議をしたい。これほど『非核三原則を堅持してほしい』という声が起こるなかで、8月6日を迎えなければならないことは、かつてなかっただろう」と語った。
小泉進次郎防衛相が核兵器について「タブーなく議論」すべきだと発言したことについて、「今の高市政権のタガの外れ方が表れている」と批判。過去の核軍拡競争に言及しつつ、「世界にもたらす悪影響を真剣に考えてほしい」と訴えた。
また、日本政府は11月に始まる予定の核兵器禁止条約の再検討会議にオブザーバー参加をするべきだと訴えた。
11:05
首相、非核三原則の見直し「予断することは控える」
高市早苗首相は広島市内のホテルで記者会見に臨んだ。年内の安全保障関連3文書改定で、非核三原則を見直すかどうかについて「書きぶりについて、私が今、予断することは差し控える」と述べ、言及を避けた。一方、「非核三原則を政策上の方針として堅持していることは変わらない」とも語った。
3文書改定では日本維新の会が非核三原則の「持ち込ませず」について見直し対象とすることを求めている。
10:45
816人の名前を読み上げ
広島市の平和記念公園内にある原爆供養塔前で、納骨名簿を読み上げる集いが開かれた。約30人が参加。名簿に記された816人の名前を、分担して約2時間かけて読み上げる。
10:05
首相、「被爆者代表から要望を聞く会」に出席
高市早苗首相は広島市内のホテルで、「被爆者代表から要望を聞く会」に出席し、7団体の代表と面会した。冒頭、首相は「廃虚の中から立ち上がって多くの困難を乗り越えてきたみなさまの並々ならぬご尽力に、改めて深い敬意を表する」とあいさつした。
首相はまた、面会に先立って平和記念資料館を訪れたことに触れ、「あのような悲劇を二度と繰り返させてはならない。核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取り組みを日本が主導していかなければならない。改めて固く決意した」と説明。「我が国は被爆の悲惨さを自らの体験として語り伝えることができる唯一の国だ」として、「この体験の記憶を未来へとつなぎ、世界の人々と共有することが私たちの果たすべき責任だと考えている」と語った。
面会では広島被爆者団体連絡会議の田中聡司事務局長が、「私たちの政府が防衛力を強化するなかで、非核三原則の見直しや、核共有論が取りざたされている。非核三原則を見直すのか」と質問した。首相は「我が国は非核三原則を堅持している。核兵器のない世界を目指し、一歩一歩、着実に取り組みを進めていく」と述べた。
面会には上野賢一郎厚生労働相、国光文乃外務副大臣らが同席した。
9:30
「どうして12歳で死ななくてはならなかったのか」
広島市立第一高等女学校(現・市立舟入高)の慰霊碑前では、亡くなった生徒と教職員676人を追悼する式典が開かれた。藤本剛士さん(85)は、当時学徒動員で建物疎開の作業に出ていた姉の隆子さん(当時12)を亡くした。「どうして12歳で死ななくてはならなかったのか。今でも分からなくて悔しい」と涙をこぼした。
9:20
中道・小川代表、首相あいさつは「現状の説明」
中道改革連合の小川淳也代表は平和記念式典に参列した後、記者団に対し、核兵器禁止条約の再検討会議へのオブザーバー参加を政府に求めていく考えを示した。
小川氏は式典での高市早苗首相のあいさつにも言及。首相が「我が国は、非核三原則を堅持しており、唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向けた努力をたゆまず続けていく使命を担っています」と述べた点について、「現状の説明にとどまっている。今後も堅持することへの決意をもう少し感じたかった」と語った。
また、高市政権内で非核三原則の見直し論がくすぶっていることに触れ、「大事な非核三原則に手をつけるように受け止められることは、平和国家としての価値を毀損(きそん)する」と述べた。
9:10
国民・玉木代表「非核三原則は堅持するべきだ」
国民民主党の玉木雄一郎代表は広島市での平和記念式典に参列した後、「日本は唯一の戦争被爆国であり、被爆の実相を伝え、核廃絶の先頭に立つ責任のある国だ」と語り、「非核三原則は堅持するべきだ」と訴えた。記者団の取材に答えた。
玉木氏は、高市早苗首相が非核三原則のうち「持ち込ませず」の見直しを持論としていることを念頭に、「『持ち込ませず』について様々な議論があることは承知しているが、核を搭載した艦船が(日本に)寄港すること自体がなくなっている。そうした(非核三原則の見直し)議論は、むしろ現実的な安全保障政策の観点から、少し遠ざかっている議論ではないか」と指摘。日本維新の会が主張する「核共有」についても「非現実的な議論だ」と批判し、自民党と維新の与党に対して冷静な議論を求めた。
9:00
首相、平和記念資料館を訪問
高市早苗首相は平和記念式典への出席後、平和記念資料館を訪問した。昨年10月の首相就任以降、資料館を訪れるのは初めて。首相は石田芳文館長の説明を受けながら約20分間、被爆して犠牲となった子どもたちが着用していた焼けた衣服などの展示を見て回った。
首相はその後、芳名録に「祈平和 令和八年八月六日 内閣総理大臣 高市早苗」と記帳し、資料館を後にした。
■■■平和記念式典■■■
8:00
原爆死没者名簿が奉納
広島市中区の平和記念公園で、平和記念式典が始まった。この1年で死亡が確認された人の名前を加えた原爆死没者名簿が奉納された。
8:15
原爆投下時刻にあわせ黙禱
平和記念式典で、原爆投下時刻の午前8時15分、参列者らが1分間の黙禱(もくとう)を捧げた。
8:20
市長が平和宣言
広島市の松井一実市長が平和宣言を読み上げた。宣言では、3回連続で成果文書の採択に至らず決裂した、5月のNPT(核不拡散条約)再検討会議の文書不採択に触れ「第三のヒロシマ・ナガサキを作り出すことになりかねない」と警鐘を鳴らした。
8:25
こども代表が「平和への誓い」
広島市の小学6年生、柿崎由宇さんと河野和希さんがこども代表として「平和への誓い」を読み上げた。
「私たちには、被爆体験を直接聴くことができる最後の世代として、当時の記憶を事実として受け止める使命があります」
8:30
高市首相が初のあいさつ
平和記念式典で、昨年10月に就任した高市早苗首相が初めてあいさつに立った。高市首相は「我が国は、非核三原則を堅持しており、唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向けた努力をたゆまず続けていく使命を担っています」などと述べた。
8:40
広島知事あいさつ
平和記念式典で、広島県の横田美香知事があいさつをした。核兵器を持つことで相手に攻撃を思いとどまらせる「核抑止」の考え方について、「各国の不信や軍拡競争を助長し、世界を不安定化させるという根本的な矛盾をはらんでいます」と述べた。昨年11月に就任し、知事として初めての平和記念式典となった。
■■■黙禱■■■
8:15
犠牲者を悼む
原爆ドーム前でも、多くの人が黙禱(もくとう)し、犠牲者を悼んだ。
8:15
天皇ご一家と上皇ご夫妻が黙禱
広島に原爆が投下されて81年になる6日、天皇、皇后両陛下と長女愛子さまは皇居・御所で黙禱(もくとう)し、犠牲者を悼んだ。上皇ご夫妻も同日、東京・元赤坂の仙洞御所で、広島市であった平和記念式典のテレビ中継を見ながら黙禱した。宮内庁が同日発表した。
天皇ご一家や上皇ご夫妻は毎年、この日にあわせて黙禱をささげている。
■■■朝の祈り■■■
8:15
福井でも平和の願い込めた鐘
福井県永平寺町の善教寺で、広島への原爆投下時刻にあわせて、住民らが鐘をついた。核廃絶と平和への願いを込めて、毎年続けている。
この寺の先々代の住職は、広島市内の寺院に勤めていた。原爆投下時は広島を離れていて、被爆後の街に戻って惨状を目の当たりにしたという。
善教寺住職の高倉現進さん(72)は「広島から離れていても、原爆は絶対にあかんと伝えていく。原爆や平和について考える時間を持ってほしい」と話した。
8:15
75時間祈り続ける
広島市の世界平和記念聖堂で、原爆投下時間に合わせて、平和の祈りが始まった。原爆とすべての戦争犠牲者に祈りを捧げた。「非暴力によって悪に打ち勝つことができますように」と白浜満司教。ミサには、仏教関係者も参加した。同聖堂では今年、ニューヨーク、ローマの教会とともに、9日午前11時過ぎの長崎の投下時間まで75時間の祈りを続ける。
7:30
「この場で見届けたい」
原爆供養塔前には、朝早くから大勢の人が集まり、手をあわせた。
3年ぶりに仕事の休みを取って訪れたという広島市の会社員、梅原早智子さん(41)は「非核三原則の見直しなど、戦争ができるような方向に進んでいる恐れがぬぐえない。政治やメディアへの不信感、危機感もあり、今年はこの場で見届けたいと思った」と話した。
7:00
米軍の攻撃で死亡したイランの小学生の遺族、式典へ
イラン南部ミナブの小学校が2月28日、米軍にミサイル攻撃され、160人以上の児童が死亡したとされる。息子マーカーンさん(7)を失った父シールース・ナシーリさん(51)と母アーシエ・ラヒネジャードさん(41)が原爆死没者慰霊式の会場に到着した。
4:00
被爆した母たちへ「核戦争が危ぶまれる情勢ですが」
平和記念公園の原爆死没者慰霊碑には、夜明け前から多くの人が追悼に訪れた。
竹内瞳さん(64)もその一人。祖父母と、当時18歳だった母が被爆したという。生前の母は、毎年8月6日になると平和記念式典のテレビ中継を見て涙を流していた。「今の世界は核戦争が危ぶまれる不安定な情勢ですが、母やここに眠る被爆者の方にゆっくりやすんでね、と手を合わせました」と話した。
■■■8月5日の動き■■■
19:45
核廃絶訴えるペンライト行動
原爆の爆心地に近い広島市中区の相生橋で「反核平和ペンライト行動」があった。参加者たちはペンライトを手に核兵器の廃絶を訴えた。
10日に結成70年を迎える日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が呼びかけ、初めて開催された。会場には色とりどりのペンライトを持った人々が集まった。
広島市に生まれ育った被爆3世という会社員の女性(33)は、好きなアーティストのライブで使うというペンライトを手に1人で参加した。「今の日本の政治には怒りを感じる部分もある。戦争をせず、普通に食べて暮らしていけるような平和の先進国であってほしい」と話した。
18:00
かがり火と被爆バイオリンの音色
広島市中区の原爆ドーム対岸にある親水テラスで「ひろしま『かがり灯』の祭典」が開かれた。原爆慰霊碑の隣にある「平和の灯」からの採火で、元安川にかがり火がともされた。広島原爆での被爆バイオリンなどによる演奏や、ウクライナの小中学生が平和を願って描いた「キッズゲルニカ」の掲揚などもあった。
17:30
駐日イラン大使、亡くなった子らの写真を
イランのセアダット駐日大使が広島市内で会見。原爆資料館にある被爆直後の子どもたちの写真と、米国によるイラン南部の学校攻撃で亡くなった子どもたちの写真を携帯で並べて見せ、「みな子どもたちだ。人類が被った被害と苦しみは変わらない」と米国の攻撃を批判した。「戦争は人類にとって最悪の形態であり、時代を超えて反対すべきだ」
17:30
最も若い被爆体験伝承者の志とは
広島市が委嘱する被爆体験伝承者で最も若い、安田女子大教育学部4年の増本夏海さん(23)が県立総合体育館会議室で、伝承者を志した思いなどについて語った。Youth Meeting実行委員会の主催で、原水爆禁止世界大会に参加した福岡の若者ら約40人が集まった。
増本さんは小中高で約10年間の平和教育を受け、被爆証言を聞くうちに「被爆者はなぜこんなにがんばれるんだろう。私たちは話を聞くだけでいいのだろうか」と思っていた。高校3年のときに「平和のために行動したい」と伝承者を志したと語った。
16:00
非核三原則の堅持めぐり10政党が議論
国会議員による討論会が、広島市中区の広島弁護士会館で開かれた。
10政党の代表ら国会議員が出席。核の状況がかつてない試練に直面するなか、11~12月に開かれる核兵器禁止条約第1回再検討会議に日本がオブザーバー参加すべきかどうかや、非核三原則の堅持をめぐって議論した。
各党の基本姿勢の表明では、自民党の寺田稔衆院議員が「非核三原則は国是で大変重いもの。当然坚持すべきだ」と述べた。国民民主党、中道改革連合、立憲民主党、公明党、共産党など残り9政党の議員が核兵器禁止条約に言及。再検討会議への日本政府のオブザーバー参加などを求めた。
討論会には国連事務次長で軍縮担当上級代表の中満泉氏、日本被団協の田中熙巳・代表委員も参加した。
中満氏は最後に、「軍事力のみに頼った安全保障ではなく、外交、対話、軍縮・軍備管理・不拡散を組み合わせて包括的に進める必要がある。これはお花畑の理想論ではない」と述べた。
13:00
原爆被害の真相調査求める宣言文
広島市中区の広島流川教会で「広島原爆81年朝鮮人犠牲者追悼式」が開かれ、日韓の市民約100人が参列した。原爆投下を巡る日韓両政府の責任を問う市民や宗教者らでつくる実行委員会が主催。カトリック、プロテスタント、仏教による追悼儀式が営まれた。参加者は、原爆被害の真相調査や公式謝罪、被害者への補償を日米両政府に求める宣言文を採択した。
12:30
被爆死したマライ出身留学生の墓地に
広島の原爆投下で被爆死したマライ(現マレーシア)出身の南方特別留学生ニック・ユソフさんのお墓がある広島市佐伯区の光禅寺を5日、マレーシア大使館アハマド・ロジアン次期大使が訪れた。
ロジアン次期大使は、ユソフさんの遺骨が眠るお墓の前で祈りを捧げた後、「胸を打たれた。ユソフさんの記憶を守るために、お墓を設けてくれたお寺に感謝します」と話した。
10:30
ICAN川崎さん「核禁条約いかそう」
原水爆禁止世界大会・広島大会の分科会が始まった。広島市中区で開かれた第1分科会では、ノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の国際運営委員兼会長などを務める川崎哲(あきら)さんが「今こそ核兵器禁止条約を活(い)かそう」と題して講演。「これまでは、相手国の核が脅威とされてきたが、今は核抑止こそが人類の脅威だという考えになってきている」と話した。
10:30
韓国人原爆犠牲者を悼む
広島市中区の平和記念公園内にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑前で、被爆で亡くなった朝鮮半島出身者を追悼する慰霊祭が開かれ、約280人が参列した。主催する韓国民団関係者のほか、姜鎬曽(カンホズン)・在広島韓国総領事や中満泉・国連事務次長らが出席。新たに2人を加えた計2826人の死没者名簿が奉納され、犠牲者を悼んだ。
09:30
原爆小頭症「きのこ会」家族の言葉
妊娠早期の母親の胎内にいる時に被爆し、脳や体に障害のある原爆小頭症の被爆者と家族による「きのこ会」を支えてきた俳優の斉藤とも子さんが、広島市中区の県立総合体育館で講演した。ある家族が「身をもって世界に核兵器の悲惨さを示していくことが、この子の使命なんだ」「人と人が信頼し合わないと何も始まらない」と語ったことを振り返った。
09:00
放影研、いまの建物で最後の公開
来年移転することが決まっている日米共同研究機関・放射線影響研究所(放影研、広島市南区)で5日、いまの建物で最後となる一般公開(オープンハウス)が始まった。被爆者が浴びた放射線に関するパネル展示などがあり、6日まで。
放影研は米国が47年に設置した原爆傷害調査委員会(ABCC)を改組し、75年に発足した。研究所はかまぼこ形の建物が特徴で、老朽化を理由に来年、広島大学霞キャンパス(南区)に移転することが決まっている。
08:00
「ヒロシマの碑」に折り鶴捧げる
広島市中区の「原爆犠牲ヒロシマの碑」で碑前祭があり、市内の小中高生らが折り鶴を捧げた。市立舟入高校の加賀遥さん(2年)は「世界で紛争が絶えない今だからこそ、非核三原則など、原爆の悲劇から学んだ教訓を大切に守りたい」と話した。
Bundan Sonra Ne Olabilir?
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年内の安全保障関連3文書改定における非核三原則の扱いについての議論
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- 高市政権は安全保障関連3文書改定で非核三原則をどう扱うのか
- 日本政府は核兵器禁止条約の再検討会議にオブザーバー参加するのか







