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熊本市中央区の大江小で、1953年の白川大水害で21人の児童が犠牲になったことを教訓に防災授業が開かれた。体験者の講話やAR技術を用いた浸水再現などを通じ、児童らは災害の恐ろしさや備えの重要性を学んだ。
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1953年の白川大水害では、熊本市中心部を流れる白川が氾濫し、市内の大半が水につかった。死者・行方不明者は422人に上り、9100戸以上の家屋が流失・全半壊した。
1953年の白川大水害で21人の児童が犠牲になった熊本市中央区の大江小で19日、大水害の記憶や教訓を次世代につなぐ防災授業が開かれた。児童らは体験者の講話などを通じて、自然災害の恐ろしさや事前の備えについて真剣なまなざしで学んだ。
白川大水害では、同年6月25~28日にかけて続いた大雨で、熊本市中心部を流れる白川が氾濫し、市内の大半が水につかった。同市を中心に死者・行方不明者は422人に上り、9100戸以上の家屋が流失・全半壊した。
この日は、国土交通省の職員が「白川は皆さんが住んでいる場所よりも高い所を流れているので、白川で水があふれると(低い)街中ほど水が浸水してしまう」と水害リスクについて解説。AR(拡張現実)技術を駆使した専用のタブレットで、教室が実際に浸水した状況を再現した。
小学校がある大江校区は白川大水害で200人以上が犠牲となり、第4町内自治会長の田尻康博さん(82)が体験談を児童に伝えた。当時9歳だった田尻さんは、母親と弟の3人で大江小を目指し避難をしている途中に急流に飲み込まれてしまったが、電柱の支線につかまることができ九死に一生を得た。
田尻さんは「まさか私たちの家が浸水するとは考えていなかった。氾濫した水の勢いは強く、力いっぱい(母親と)つないだ手と手が簡単に離れてしまった」と水の脅威を語った。その上で、児童には「人は自然災害には絶対に勝てない。前もって決めたところに前もって避難する。『早く逃げるは勝つ』です」と教訓を伝えた。
授業を受けた6年生の山田斗真さん(11)は「水害の怖さがよく分かり、備えを大事にしたいと思った」、元松明莉さん(同)も「ハザードマップや情報を活用してもしもに備えていきたい」と学びを得た様子だった。【日向米華】
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