نظرة سريعة
太平洋戦争末期、旧日本軍が韓国南西部沖の離島・龍出島(ヨンチュルド)で建設した軍用壕の配置図に記された「204」壕が発見された。KBSの池鐘益記者が、島民の協力を得て、岩場を越えて壕を発見。壕は内部で広がり、最も高い場所で約1.8メートルあった。
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لماذا يهم
太平洋戦争末期、旧日本軍は韓国南西部沖の離島で本土決戦に向けた陣地や軍事施設の建設を進めた。龍出島(ヨンチュルド)の陣地配置図には、軍用壕とみられる場所に五つの数字が振られている。KBSの池鐘益記者は、防衛研究所の資料から朝鮮半島での本土決戦準備状況を示す史料を発見し、調査を進めていた。
太平洋戦争の末期、旧日本軍は韓国南西部沖の離島で本土決戦に向け、陣地や軍事施設の建設を進めた。この時期に作成された龍出島(ヨンチュルド)の陣地配置図には、軍用壕(ごう)とみられる場所に五つの数字がふられている。
そのうちの一つ、「204」の壕に近い、島の北側の海岸に着いた。壕に向かうには、まず高さ4メートルほどの岩場を登ねばならない。「登山靴が要ると言った理由が分かりましたか?」。案内してくれた韓国公共放送KBSの池鐘益(ジ・ジョンイク)記者(46)が、そう言いながら軽やかに岩場を登った。目印などはなく、行く手を阻む木々をかき分けて進む池記者の後について204を目指した。
全2回の後編です。
前編はこちら 韓国南西部沖に残る旧日本軍の戦跡 「皇国護持の大使命」とは
池記者は日本語が堪能で、2024年8月までKBS東京特派員を務めた。その際、防衛省防衛研究所の膨大な所蔵資料の検索・閲覧サイトを調べていて、朝鮮半島での本土決戦に向けた準備状況を記した史料が多数含まれていることに気づき、集めていた。軍用壕の配置図も龍出島だけでなく、韓国政府の15年の調査報告書に掲載されていない多くの島のものが残されていた。
韓国に帰任後、まず龍出島に狙いを定めた。25年7月、初めて島に入り、唯一の島民、金東吾(キム・ドンオ)さん(77)の自宅近くでコンクリート製構造物を発見。旧日本軍の史料で208と記された場所と一致した。島北側の204の場所でも壕を見つけ、番組で特報した。
未発見の「205」へ
池記者と島北側に上陸して小1時間ほど。草むらの中に204の入り口を見つけた。縦横約1メートルの入り口に背をかがめて入ると、中に入るにつれ広くなっていく。最も高い場所で約1・8メートル、幅は最大で約1・4メートルあった。
長さ約12メートルの最も奥に…
أسئلة مفتوحة
- 「205」の壕は発見されるのか。
- 他の離島に残る未発見の軍用壕の状況はどうか。
- これらの戦跡は今後どのように保存・活用されるのか。
- 配置図に記された他の数字の壕の状況はどうか。




