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残留日系2世の「就籍」活動、法律の壁で危機に
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残留日系2世の「就籍」活動、法律の壁で危機に

En resumen

太平洋戦争で父と死別・離別しフィリピンに残された残留日系2世が、日本国籍取得のため「就籍」活動を行っているが、法律上の親子関係証明の要件が壁となり困難に直面している。記録の喪失やDNA鑑定でも認められないケースがあり、戦禍と向き合うあり方が問われている。

Resumen generado por IA

Por qué importa

太平洋戦争で父と死別・離別しフィリピンに残された残留日系2世が、日本国籍取得のため「就籍」活動を行っているが、法律上の親子関係証明の要件が壁となっている。

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「日本人は正直で、勤勉だ。その血を継いでいることに誇りを感じているからこそ、私は日本人として認められたい」

太平洋戦争で日本人の父と死別や離別しフィリピンに残された残留日系2世。その日本国籍を取得し戸籍をつくる「就籍」活動が危機にある。

立ち塞がるのは「法律上の親子」であることを示さねばならないという要件。父母の婚姻や認知の記録が失われ、DNA型鑑定で父との血縁関係を認められた人ですら司法の場で退けられている。この国は81年たってなお残る戦禍とどう向き合うべきなのか――。

<主な内容>

・父への尊敬と「そっくり」の言葉。その宝を胸に生きてきた彼は

・法律の壁との戦い

「私はセイキチ・カナシロの本当の子どもです」

マニラ首都圏に住むセチョ・ブロロン・カナシロさん(81)は1944年10月、フィリピン中部で4兄弟の末子として生まれた。

フィリピン人の母やおばに聞かされた話では、父は沖縄から渡航し、日本あめの製造、販売をして暮らす中で母と知り合った。3人の兄はキヨマサ、キヨミツ、アキオと日本名を付けられた。戦争が始まると日本軍の軍医の下で働くようになり、45年に尿路感染で亡くなった。

両親の婚姻記録やセチョさんの出生記録など役場の文書は戦時下の混乱で失われた。ただ地元の教会の洗礼記録には父の名が刻まれていた。

助産師の仕事もして地域の人に信頼されていたという父は誇りだったが、フィリピンでは戦後、反日感情が渦巻いた。セチョさんは「ハポン(日本人)」とあだ名され、周りの子どもからいじめられた。顔にあざができるほど殴られたことも。親族の勧めで、小学4年生以降は身を守るためフィリピン名を名乗った。

再びつながった縁

父には同じく日本から渡ってきた…

Preguntas abiertas

  • 法制度の見直しは行われるのか
  • 同様のケースは他にどれだけあるのか

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This article was originally published by 毎日新聞.

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時事通信
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