En resumen
タイ北西部メソトで、ミャンマーのクーデター後に国境を越えた人々が医療や生活の困難に直面している。メータオ・クリニックは、身分証のない人々にも無料の医療を提供し、35年以上活動を続けるシンシア・マウン医師が中心となっている。
Resumen generado por IA
Por qué importa
2021年のミャンマーでのクーデター後、戦闘や弾圧を逃れてタイ国境の町メソトに避難した人々の生活と医療の現状を追ったルポルタージュ。
生後5日の娘を抱き、ムームーエイさん(20)は病棟のベッドに腰掛けていた。
タイ北西部メソトのメータオ・クリニック。ミャンマーの最大都市ヤンゴン出身の彼女は昨年4月、仕事を求めてタイ側へ来た。夫は不定期の日雇い労働で家族を支える。安定した収入はない。
妊娠が分かると、周囲の人から「メータオへ行った方がいい」と勧められた。出産前、赤ちゃんが逆子だと分かった。タイのメソト総合病院へ搬送され、緊急帝王切開で第1子の娘は無事に生まれた。このときは、費用もクリニック側が負担した。
クリニックがなければ、地域で出産を手伝う人に頼るしかなかったという。「お金がなくて、どうしようもなかったと思います」
ミャンマーでは2021年のクーデター後、国軍側と民主派の抵抗勢力、少数民族武装勢力などとの戦闘が広がり、内戦状態が続いています。戦闘や弾圧を逃れて国境を越えた人たちは、その後をどう生きているのか。タイ国境の町メソトとその周辺で、故郷を離れた後も続く人々の時間を追いました。連載「帰れないひとびと ミャンマー国境から」の3回目です。
国境の町に35年
朝8時。受付前の長椅子に、患者が並び始める。タイの身分証がない人も受診できる。診療は原則無料だ。院内では、主にミャンマーの言語であるビルマ語とカレン語が飛び交う。
シンシア・マウン医師(66)は1988年、軍事政権による民主化運動への弾圧を逃れ、この町へ来た。
「数年で帰れると思っていました」
だが翌年、クリニックを開設し、それ以来、35年以上にわたり、国境の町で医療活動を続けてきた。タイの病院にかかれない人もいれば、軍政下のミャンマーへ戻れない人もいた。医療には大きな空白があった。
2011年にミャンマーで民政移管が始まると、中央政府の保健省や少数民族地域の保健組織、NGOなどの連携が少しずつ進んだ。しかし、21年のクーデターで、その流れは途切れた。戦闘や空爆で住民が避難し、地域の保健ワーカーも施設で働けなくなった。医薬品や医療資材の供給網も損なわれた。
5…
Preguntas abiertas
- 難民の長期的な生活支援策は?
- ミャンマー情勢の今後の展開は?





