津久井やまゆり園事件から10年、障害者差別意識の問い
模倣犯恐れ「忘れてほしい」当事者、我が子に発達遅れ指摘された親の思い
Quick Look
神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」事件から10年が経過し、社会に潜む障害者への差別意識の変化が問われている。脳性まひの当事者である和田拓也さんは模倣犯を恐れ、事件が忘れられることを望む一方、毎年献花を続けている。記事は、事件が当事者やその家族に与える影響を報じる。
AI-generated summary
Why It Matters
2016年に神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害される事件が発生し、社会における障害者への差別意識が問われた。事件から10年が経過し、社会の変化が注目されている。
神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件から、26日で10年。事件をめぐっては、社会にひそむ障害者への差別意識も問われた。この間、社会は変わったのか。当事者や親に聞いた。
模倣犯恐れ「忘れてくれたほうが」 脳性マヒ当事者
脳性まひのため車いすで生活する東京都中野区の会社員、和田拓也さん(33)は事件後の数年間、月命日に津久井やまゆり園に献花に通った。
高校時代に学校と病院が併設された施設で暮らした。自分で動けない子、発話できない子もいた。同じような施設が襲われ、他人事に思えなかった。「いつ誰に襲われてもおかしくない。全員が敵に見えた」
SNSにはいまも、障害者を差別したり蔑視したりする書き込みが目に付く。10年の節目を前に、「世間が事件を忘れてくれたほうがいいのではないか」との思いが生まれた。植松聖死刑囚(36)の身勝手な考えがあらためて報じられることで、共感し、模倣する者が生まれるのではないかと恐れるからだ。
今年も命日には、現場に献花に行くつもりだ。「今年も来たよって伝えたい」
我が子に発達の遅れ指摘、思い出した死刑囚のことば
東京都品川区の会社員、塩田瑛子さん(48)が事件の発生を知ったのは、当時生後2カ月の長男に授乳していたときだった。大変な事件が起きたと思ったが、育児に追われ、自分事ととらえることはなかった。
一変したのは、我が子の1歳…
Open Questions
- 社会の障害者差別意識は実際にどの程度変化したのか?
- 植松聖死刑囚の思想に共感する者は存在するのか?
- 事件の風化は当事者にどのような影響を与えるのか?







