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性別違和に苦しみ、パニック障害を抱え挫折した光さん(23)が、ノンフィクション作家・松永正訓氏との共著で、自身の歩みと「私は私」と言えるようになった道のりを出版。小学校高学年からの違和感、学校での葛藤、そして天職にたどり着くまでが綴られている。
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Why It Matters
小児外科医でノンフィクション作家の松永正訓氏が、性別違和に苦しんだ光さん(23)との共著を出版。光さんは生きづらさやパニック障害を抱え、アイデンティティーに苦しんだ経験を持つ。
小児外科医でノンフィクション作家の松永正訓さん(64)が、「性別違和」に苦しんだ子どもの光さん(23)=仮名=との歩みをつづった共著を出版した。
生きづらさやパニック障害を抱え、高校、大学の途中で挫折した光さん。10代では先が見えず、アイデンティティーに苦しみ、のたうち回ってきた。
それでも今、ある天職にたどり着き、「私は私」と言えるようになったという。その道のりとは――。
小学校高学年で覚えた違和感
光さんが出生時に割り当てられた性別は女性。幼い時から絵が好きで、活発な子だった。そして小学校高学年ごろから、体に違和感を覚えるようになった。
中学に上がれば男女別の制服を着なくてはならない。「スカートは絶対いや」。入学前に「性別違和」の診断を受けた。
進学した私立の中高一貫校は、幸いにも学ランの着用や男子として扱うことを認めてくれた。
入学式で校長は、光さんの名前を出して、性別違和の特性があると説明した。光さんは、体のラインが見えないように暑い時期も学ランを着たり、トイレをがまんしたりした。不便はあったが、学校で自分は受け入れられていると感じた。
「LGBTって光のことか」
ところがその後、精神のバランスを崩していくことになる。
ある日、友人がふと口にした一言に、頭の中が真っ白になった。「入学式で言ってたLGBTって光のことか」
それまで、周囲は性別違和だと分かって接してくれていると信じていた。だが、入学式で一度だけ聞いた名前を覚えていないのは無理もない。「誰が配慮してくれて、誰が私を男と信じて、誰が遠巻きに見ているのか」と疑心暗鬼になった。
周りの男子は背が伸び、声変わりが始まる時期。「いつか男のフリをした女子」と見られる――。強い不安に駆られるようになり、パニック障害を発症した。
「これまで通りでいい?」
2018年に高校に進学すると、登校できなくなった。
この年、杉田水脈衆院議員(当時)が月刊誌「新潮45」に、LGBTなど性的少数者について「生産性がない」と差別的な表現を使って寄稿した。光さんは深く傷ついた。
性自認はさらに揺れ動いた。女でいたくないと思い、男として生きていたが、自分はどちらでもないことに気づき、悩みを重ねた。
そんな中で、同級生の言葉に救われることもあった。
Open Questions
- 光さんがたどり着いた天職とは何か?
- 同級生のどのような言葉に救われたのか?






