Quick Look
沖縄は23日、「慰霊の日」を迎えた。平和祈念公園の「平和の礎」には新たに95人の犠牲者の名が刻まれ、戦後81年を経てもなお、沖縄戦の全容解明と犠牲者の追悼が続いている。小林夏枝さん(91)は、異郷で亡くなった祖母の名が刻まれたことに安堵した。
AI-generated summary
Why It Matters
沖縄は23日、第二次世界大戦末期の沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」を迎えた。最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園には、沖縄戦の全戦没者の名を刻む「平和の礎」があり、2026年も95人の刻銘が加わった。
沖縄は23日、第二次世界大戦末期の沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」を迎える。
最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園には、沖縄戦の全戦没者の名を刻む「平和の礎(いしじ)」があり、2026年も95人の刻銘が加わった。1995年の建立から四半世紀以上がたった今もなお、新たに判明した戦没者を加える「追加刻銘」が絶えることはない。戦後81年を経ても全容が明らかにならない沖縄戦の傷の深さは、戦乱が絶えない世界に平和の意味を突き付ける。
異郷で落命した祖母
「生きているうちに、間に合ってよかった」
那覇市の小林夏枝さん(91)は安堵(あんど)の表情を浮かべた。刻まれたのは、戦争に翻弄(ほんろう)されながら一家を支え、異郷で命を落とした祖母、與儀(よぎ)ナヘさんの名だ。
小林さんが家族と共に船で台湾に疎開したのは44年。道中、暗闇の海上で護衛船が炎を上げるのを目にするなど、到着まで緊張の糸が切れることはなかった。小林さんは母たちに身を寄せながら「神様、助けて」と祈り続けた。
Open Questions
- 沖縄戦の全容はいつ明らかになるのか
- 追加刻銘は今後も続くのか






