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那覇市の玉木利枝子さん(92)は、沖縄戦で家族8人を亡くした体験を修学旅行生に語り継いでいる。1千回以上の講話で「水を飲ませてやれなかった」と兄の死に涙し、戦争の悲惨さを訴えている。
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Why It Matters
92歳の玉木利枝子さんは沖縄戦で家族8人を亡くし、以来1千回以上、戦争体験を語り継いできた。修学旅行生に語りかける中で、兄の死にまつわる悲しい記憶を語った。
那覇市の玉木利枝子さん(92)は6月上旬、修学旅行で沖縄を訪れた香川県の中学生約100人に語りかけた。
「みなさんと同じくらいの年齢の人たちが戦いました。そういう世の中に逆戻りしていいですか」
沖縄県平和祈念資料館で行われた平和学習の一場面だ。
10歳で沖縄戦を経験し、家族8人を亡くした玉木さんは戦争体験を子どもたちに語ってきた。これまでに1千回を超えるという。
1945年、玉木さんは家族と沖縄本島南部の壕(ごう)で過ごしていた。ある日の夕方、新鮮な空気を吸おうと外へ出ると、一発の砲弾が炸裂(さくれつ)した。一緒にいた14歳の兄が血だらけになった。運ばれた野戦病院で左腕が切断され、「水を飲みたい」とうめきながら息を引き取った。
玉木さんは、この話を修学旅行生にするといつも声を詰まらせる。「水を飲ませてやれなかった。何度も話していますが慣れることはありません……。これが戦場です」
親きょうだいを亡くした玉木さんは戦後、おじに育てられながら学校を卒業し、旅行会社などで働いた。戦争体験は「苦しみは心の中から消えない」と忘れようとしてきたが、戦後50年の1995年が過ぎた頃から依頼されては講話をするようになった。
沖縄は戦後も戦争と結びついてきた。朝鮮戦争やベトナム戦争を支え、日本復帰後も残った米軍基地は、湾岸戦争やイラク戦争などで拠点になった。
Open Questions
- 戦争の悲劇は繰り返されるのか?
- 平和学習はどれほど効果があるのか?




