プロ野球史上最多の安打製造機、張本勲さん死去 3085安打の足跡
差別や右手のハンディを克服し、前人未到の3085安打を記録した大打者の生涯を振り返る。
Quick Look
プロ野球史上最多の3085安打を記録した「安打製造機」こと張本勲さんが9日、死去した。在日韓国人2世としての差別や右手の火傷のハンディを反骨心で乗り越え、数々の偉業を成し遂げた不屈の野球人生だった。
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Why It Matters
張本勲さんはプロ野球で23年間現役を続け、通算3085安打を記録した大打者。首位打者7度を獲得した。
プロ野球史上、「安打製造機」の異名を持つ打者は何人かいたが、最もふさわしい大打者が、9日死去した張本勲さんだった。
張本勲さんの年度別成績
3085本もの安打を記録した23年間の現役生活だが、野球人生を振り返ると、つらい思い出ばかりだという。在日韓国人2世。幼い頃、右手に大やけどを負い、思うように指を使えなかった。差別と右手のハンディを克服するために続けた努力と反骨心が、大記録を生む原動力になった。
プロ入り以来、毎夜欠かすことなく、真っ暗な部屋の中でバットを振り続けた。基本中の基本である素振りで体に技術を染み込ませただけではなく、「ほかの誰よりも数多く振り続けてきた」という強い自負が、打撃を支えた。首位打者7度など数々の記録と活躍を続けても、心の中には常に、いつ打てなくなるかと不安がつきまとい、振らずにはいられなかった。
1976年、巨人移籍。少年時代から憧れたユニホームを着て優勝に貢献した。3000安打を花道に巨人で引退、との思いもあったが、トレードでロッテへ。くちびるをかんで移籍した。
3000安打達成は80年5月28日、川崎球場で行われた阪急戦。プロ野球史上屈指の速球投手、山口高志の速球を右翼席上段へ放り込む会心の本塁打で達成。「神様が手を差し伸べてくれた。あまりに出来過ぎ」。それまでの苦労が報われたかのような喜びに浸った。
引退後は野球評論家やテレビのコメンテーターとして、球界に率直な意見を述べ続けた。2009年に米大リーグ・マリナーズのイチローが日米通算3086安打をマークして張本さんの日本記録を抜くと「こんなバッターは今まで見たことがない。私はかなわない」と素直にたたえつつ、本場の投手のレベル低下を嘆き、自らの3085安打が持つ値打ちにもこだわりを見せた。
努力に裏打ちされた、絶対的な自信と誇り。同じ時代に活躍した王貞治、長嶋茂雄、野村克也らとともに、強烈な光を放つ大打者だった。
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