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劇団「維新派」主宰者・松本雄吉さん没後10年、表現者たちに息づく精神
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毎日新聞7h agoCulture2 min readJapan

劇団「維新派」主宰者・松本雄吉さん没後10年、表現者たちに息づく精神

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劇団「維新派」の主宰者、松本雄吉さんが亡くなって10年。風景を取り込んだ壮大な野外劇で知られた劇団は解散したが、その精神は活動を共にした表現者たちの中に今も息づいている。松本さんは美術から演劇へ、独自の世界を切り開いた。

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Why It Matters

劇団「維新派」は、風景を取り込んだ壮大な野外劇で知られ、主宰者の松本雄吉さんは10年前に亡くなった。劇団は解散したが、その精神は活動を共にした表現者たちの中に息づいている。

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西日に輝く草原、たそがれの内海、高層ビル群の夜景――。海辺や湖畔、高原に仮設劇場を設け、風景を取り込んだ壮大な野外劇を続けた劇団「維新派」。その主宰者である松本雄吉さんが亡くなって、今月18日で10年が過ぎた。劇団は2017年に解散したが、活動をともにした表現者たちの中に、その精神は今も息づいている。

松本さんは、1946年に熊本・天草で生まれた。大阪教育大で美術を専攻し、70年に「日本維新派」(87年に「維新派」と改称)を結成。初期には「荒行」のようなパフォーマンスをしていたが、90年代に入り、変拍子に大阪弁のせりふをのせた「ヂャンヂャン☆オペラ」で独自の世界を切り開いた。大阪・南港などの野外に劇団員自らの手で大がかりな仮設劇場を建設し、「漂流」や「移民」をテーマに公演を重ねた。

「寺山(修司)さんや唐(十郎)さんが文学から演劇に向かったのに対し、松本さんの表現は美術から始まった」

日本の演劇史に類例のない作風の原点に、前衛美術集団「具体美術協会」の影響を指摘するのは、編集者の小堀純さんだ。54年結成の具体は、インスタレーションやパフォーマンスアートの先駆けとして、近年再評価が進んでいる。

小堀さんが初めて維新派の舞台に触れたのは、公演の記録映画「足乃裏から冥王まで」(79年)だった。俳優らが逆さづりになるなどの苛烈なパフォーマンスに衝撃を受けたが、「キワモノや露悪的な印象はなく、むしろ崇高さを感じた」という。

維新派は、91年の「少年街」でその名を全国区に広げた。東京・汐留の空き地に巨大な廃虚の街を作り上げ、「ヂャンヂャン☆オペラ」のスタイルを確立した。

「荒行」から「風景を巻き添えにした」野外劇へ。小堀さんはその変化を、表現者としての必然と捉える。「好奇…

Open Questions

  • 松本さんの表現の必然とは?
  • 具体美術協会が維新派に与えた影響は?

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This article was originally published by 毎日新聞.

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