脚本家倉本聰さん死去 91歳 『北の国から』『前略おふくろ様』など多数の名作を手掛ける
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脚本家倉本聰さんが18日、多臓器不全のため北海道富良野市の自宅で死去した。91歳。東京都出身。葬儀は近親者で済ませ、11月3日に富良野演劇工場でお別れの会を開く。代表作に『北の国から』『前略おふくろ様』などがあり、後進育成にも尽力した。
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Why It Matters
倉本聰さんは1959年に東京大学文学部を卒業し、ニッポン放送を経てフリーの脚本家となった。代表作『前略おふくろ様』で芸術選奨文部大臣賞を受賞し、『北の国から』で全国的な知名度を得た。富良野市に移住後は後進育成にも尽力した。
「北の国から」シリーズや「前略おふくろ様」など、数多くの名作ドラマを手掛けた脚本家の倉本聰(くらもと・そう、本名山谷馨=やまや・かおる)さんが18日、多臓器不全のため北海道富良野市の自宅で死去した。91歳だった。東京都出身。葬儀は近親者で済ませた。11月3日にお別れの会を富良野演劇工場で開く。
〔写真特集〕脚本家・私が書いた、あのドラマ~倉本聡
1959年、東京大文学部を卒業し、ニッポン放送に入社。63年に退社後、フリーの脚本家に。東京の下町の料亭を舞台にした青春ドラマ「前略おふくろ様」が、76年度の芸術選奨文部大臣賞を受賞するなど好評を博した。
77年、富良野市に移住。同市を舞台に、大自然の中で生きる家族の姿を描いた連続テレビドラマ「北の国から」(81~82年)が大きな反響を呼んだ。スペシャルドラマ8編も制作され、2002年まで続く人気シリーズとなった。
他の代表作に「昨日、悲別で」「優しい時間」「風のガーデン」「うちのホンカン」などがある。84年からは私費を投じ、脚本家や俳優養成の場「富良野塾」を主宰。10年の閉塾後は、塾の卒業生が中心の劇団「富良野GROUP」を指導するなど、後進育成にも力を注いだ。
近年は、高齢者が直面するさまざまな問題をコミカルに描く「やすらぎの郷(さと)」、続編の「やすらぎの刻(とき)~道」が話題を集めた。
降旗康男監督の映画「冬の華」「駅 STATION」などの脚本も手掛けた。
00年に紫綬褒章、10年に旭日小綬章を受章した。
Open Questions
- 多臓器不全の具体的な原因は何か
- お別れの会の詳細な内容は何か
- 遺作や未公開の脚本はあるか





