「潜伏」の実相 相原被告、フィリピンで「汚職」の文化に囚われ
相原久仁雄(62)の暮らしは「潜伏」として始まった。フィリピンの首都マニラの南にある街・パサイ。路地裏の部屋は、月の家賃が2000ペソ(当時の日本円で1万円ほど)だった。熱帯気候なのに冷房はなく、表の路地では朝の5時からラジカセの爆音が響く。「バラックが建ち並ぶ、貧しいエリアだった」という。人混みに紛れて暮らすうち、相原は度々、警察官との接点を持つことになる。そこは、社会の「腐敗」に身を置くような日々でもあった。【菅健吾】事件を起こし、フィリピンに逃げる者たちが今も昔も絶えません。強盗傷害事件に関わったとして30年の年月を経て捕まった相原久仁雄被告(62)もその一人です。本人や関係者らへの取材から、そうした「逃亡」の実相を描きます。全5回の3回目です(4回目は28日午前7時公開) 突然の家宅捜索、なくなった腕時計 1990年代、フィリピンは発展の途上にあった。人々の暮らしが豊かになりつつある一方、「汚職」の文化が根強く残っていたという。その末端で、相原は憂き目にも、いい目にも遭うこととなる。下町に暮らす日本人。そんな自らの立場が呼び込んだものでもあった。フィリピンに来て1年余りがたった頃、数人の私服警察官が…






